精神障害の私に光溢れる平穏な生活 谷元先生ご夫妻と信仰の有難さに感謝

東光支部 丸本 成生 『神教』紙平成26年5月号掲載

私は昭和46年、上の兄に勧められて入信しました。兄は、若くして腎臓病を患い入院していた折、ご浄霊で良くして頂き、入信し、御用に励んだ人でした。中学校を卒業した16歳の時、入信式は当時の尾鷲教会、教修を谷元先生にして頂きました。翌年、京都で魚屋を営む親戚の家に住み込みで修行に入りました。その魚屋の親方は、熱心な他宗の信者だったため、折伏を受けてその宗教に入信させられてしまいました。


 仏壇に南無妙法蓮華経と御題目を唱えるよう言われ、毎日お参りさせられました。仕事の合間合間に拝まされ、唱えれば唱えるほど段々頭がおかしくなり、苦し紛れに後輩や親方とも喧嘩が増え、とうとう10年で辞めさせられてしまいました。

 その後、和歌山県和深の実家に帰りましたが、両親も亡くなった後で暫くの間、一人暮らしをしていました。京都で患った精神障害が悪化し、いつしか所構わず御題目を唱えるようになっていました。


 そんな私を見かねて、長野県安曇野市で支部をお預かりしていた上の兄が私を連れ帰り、私はしばらく支部で兄家族と一緒に生活をさせてもらいました。しかし、働きに出ても続かず、症状はひどくなる一方でした。


 1年後、聖地でのご奉仕が許されました。職員の方の寮に寝泊まりさせて頂きながら、草取奉仕をさせて頂きました。奉仕の合間、所構わず手を合わせ、大声で御題目を唱えて皆さんに迷惑をかけていました。それを見かねた谷元先生が、ご本宅の離れに住まわせて下さり、本部に通った時期もありました。谷元先生は、精神異常の私を「うちの息子」と呼んで下さり、タヅ奥様も優しく、時には厳しく、家庭天国の中でご家族の方と一緒に食事を頂いたりして、大谷町のお宅から電車で本部に通わせて頂きました。本当に有難いことでした。


 こんなに良くして頂いても症状は一進一退で、世話をさせて頂くこともできないほどの状態になり、入院せざるを得なくなりました。


 入院後の9ヵ月間は、月に何度も二人の兄がご浄霊に通ってくれました。薬もなるべく飲まないよう頑張りました。月に2回の外泊許可が出ると、自然食品店で販売をしている二番目の兄が、聖地の祭典日毎に店の手伝いに連れ出してくれました。お蔭で段々と良くして頂き、御題目を唱えることもなくなり、8年で退院できました。


 その後は四日市の精神障害者社会福祉施設に入れて頂き、自炊もできるようになりました。普段は、授産施設で働き、聖地、教会、支部の行事にあわせてお休みを頂き、お参りしています。

 当月祭の祭員の御用もお許し頂けるようになり、本当に嬉しく思います。皆さんにも親切にして頂いて幸せです。


 昨年10月5~6日に、信者の皆さんと熱海の御経綸記念館と東京への旅行に連れて行って頂きました。御経綸記念館では、初めて見る明主様の霊写真に感動しました。谷元先生の御用の歩みも沢山のお写真で勉強しました。東京スカイツリーの最上階まで上り、美しい夜景を見ました。翌日は、浅草橋場町の明主様御聖誕の地を訪れて感動しました。生まれて初めて乗る新幹線、初めて行く熱海と東京、何もかも初めてづくしの楽しい旅行に行かせて頂き、本当に有り難うございました。


 私は、いつも神教紙や光明世界誌を拝読して智慧を頂いてきました。聖地、教会、支部のご奉仕を精一杯頑張り、明主様のお道の中で前へ進むしかないと思っています。「与えて頂く御用と、四日市の施設での仕事を頑張り続ける事」が、今の私の夢です。


 明主様、ここまで良くして頂きまして有り難うございました。これからもお導き頂きますよう、お願い申し上げます。