逆子だった娘の胎児が自然分娩 フィッシャー症候群の孫娘も小康を得、育児を開始

橋内支部 川戸静子 『光明世界』誌平成25年夏号掲載

姉の勧めで、昭和55年に家族で入信させて頂きました。当時は日々仕事に追われ、誘われたご参拝にあがる程度の信仰でした。すると3年後、浜松に嫁いだ長女が、妊娠の際に逆子になりました。胎児のお尻がすっぽりと長女の骨盤に入り込み、首が上を向いた状態で、産院では「自然分娩だと胎児が首つり状態となり、命が危ない」と告げられました。

 長女は迷った末、「明主様にお任せ致します。きっとご守護を頂けると信じています」と申し、当初から望んでいた自然分娩を決意しました。その日から津の姉宅へお世話になり、出張所の宮崎先生や姉から、朝に夕にご浄霊を頂きました。

 1月16日、支部当月祭の早朝に陣痛が始まりました。支部長先生はじめ、皆様方のお祈りに支えられ、胎児は白い袋のようなものに包まれて、驚くほど軽やかに出産させて頂きました。丁度、祭典終了の時刻でした。

 後ほど看護士さんに、「無事で良かった。不思議でしたね。何か信仰されてみえるの?」と尋ねられました。明主様のご守護で大きな奇蹟を授かり、ご浄霊の不思議さを目の当たりにして、厚くお礼申し上げました。

 娘婿も入信が許され、家族揃ってお礼参拝をさせて頂きました。健康で子育てにも何の心配事もなく、感謝の日々でした。また、こうして生まれた孫娘も結婚して、ひ孫も授けて頂きました。当時の感動を思い出すと共に、喜びの話に花が咲き、改めて感謝申し上げました。

 平成24年1月17日、産後1ヵ月の孫娘が、夜中に激しい下痢と高熱に苦しみ、翌朝には眼も見えにくくなりました。眼科医の診察を受けると、「一刻を争う恐ろしい病気かもしれない」と、神経科医を紹介され、即入院となりました。

 診断の結果「フィッシャー症候群」という、自身の神経を攻撃し歩行困難にまで陥るという難病指定の病気でした。医師より「幸い早く発見できたので、壁を伝ってなら歩行も出来るようにはなるでしょう」と、耳を疑うような言葉が伝えられました。我が子にお乳も与えられず、抱く事さえ出来ない孫の不憫さに、心は塞ぐばかりでした。

 しかしこういう時だからこそと、ご浄霊のお取次ぎをさせて頂きました。孫は「割れるようだった頭痛が徐々に治まってきた」と不思議がり、ご浄霊を心待ちにするようになりました。4日目になると、手の痺れも薄れ、箸も持てるようになり、5日目にはふらついていた足元もしっかりしてきました。傷ついていた状態が時間刻みで回復していく様は目を疑う程でした。

 当初、1~2ヵ月の療養生活が必要との診断でしたが、6日間という短い期間での退院。帰宅が許されました。感謝しきれないほどのみ光をたくさん拝授し、お蔭さまで孫は待ち遠しかった我が子への授乳も許され、日々元気を取り戻していきました。片方の目はまだ焦点が合わない状態ですが、育児が出来るまでに良くして頂きました。

 本教へ家族でご縁を頂き、ご守護のもと過ごさせて頂ける事に深く感謝申し上げます。明主様、ありがとうございます。