与えられた命と笑顔を宝物に 生ある限りこのお道を伝えたい

伊賀支部 北野和志 『神教』紙平成26年春号号掲載

20年前の8月3日に私は仮死状態で生まれました。その私が今日、こうして無事に成人の報告をさせて頂きますことに感謝の気持ちで一杯です。

 私はオギャーと言う声もあげずにこの世に誕生いたしました。息をしていなかったそうです。何が起きているのか分からない状態の母の傍らで、父が必死でご浄霊を取次ぐ中、産婆さんが母体から出たばかりの私を熱い湯と水に交互に浸け、マッサージを繰り返し、ようやく蘇生しました。一緒にいた看護士さんが、「普通なら諦めています。あの先生だからこそ命を吹き返すことができたのです」と仰っていたそうです。

 だらりとした私の、キュッキュッという微かな音を耳にした父は「助かる!」と直感し、車を飛ばして教会へと上がり、御神殿に額ずき祈り込んだそうです。それから有難くも管長先生を始め、多くの方々のお祈りとご浄霊の中、明主様の大きなご守護によって私は命を頂くことができました。

 蘇生までに30分はあったのではないかとのことです。脳に酸素が充分に行かなかった分、身体にハンデは残りましたが、こうして明主様のみ光の中で生かされて、素晴らしい方々との出逢いを頂いている私はとても幸せです。この話を父から初めて聞いた時、感謝の気持ちと大きな感動で心がいっぱいになりました。

 保育園の時は足に装具をはめて通園しておりました。小学校の時には時折厳しい癲癇が起こったそうです。修学旅行は両親が近くの旅館で待機してくれ、行かせてもらいました。

 小学生の時にはスポーツに興味を持ちましたが、長く続きませんでした。しかし、弟が同じスポーツに興味を持ってくれてチームに貢献する姿を見ていると、嬉しくてたまりませんでした。落ち込むことがある時は、弟の存在に勇気づけられました。

私は笑顔を大切にと心掛けてきました。すると、このような私を、不思議と誰でも仲間に受け入れてくれました。

 両親は、どうしても年3回、学生の学びの場である3泊4日の研修フラッグに、入学させたいと願いました。「皆さんに迷惑をかけるかもしれない」との心配がありましたが、「大丈夫です、入学させてあげて下さい」と仰って頂き、母が泊まり込みでお勝手のご奉仕をさせて頂く中、参加が許されました。不思議とフラッグ入学後から癲癇は一切起こらなくなりました。

 研修ではご浄霊の尊さ、食の大切さ、美術の楽しみ方などを学ばせて頂きました。当初は何のために行っているのか分かりませんでしたが、時が経つにつれ、学ぶことの大切さ、実行できる喜び、明主様にお使い頂いている素晴らしさを実感するようになりました。友達ともうまくコミュニケーションができるようになり、さらに性格までとても明るくして頂き、感謝しております。一番印象に浮かぶ学びは、「人間は想念次第」です。何ごとも自分次第なのです。

 今では明主様におつながりさせて頂いている幸せ、様々な活動から得られる学び、楽しさ、喜び、感動の中で充実の日々を送っています。大学では昨年より、荒れ地を開墾して始めた自然農法の畑活動を行っており、豊かな稔りも頂き、多くの方々にも食べて頂き、感謝しております。

 これからの目標は、野菜を自分で作る喜びと食の大切さを拡めていくことです。今後は明主様・両親から頂いた最高の命を私自身が大切にし、健康でいること、そして結婚して健康な可愛い赤ちゃんを両親へ見せてあげたいです。信仰の素晴らしさを伝え、世界中の方々を健康にしていきたいと思います。