髄膜炎疑いの姉の回復を機に入信へ 御神体・お仏壇ととのえ、先祖と共に救いを実感

名古屋支部 壁谷祐果 『神教』紙平成25年3月号掲載


  姉が小学5年生の時、細菌性髄膜炎の疑いで入院したことを機に、両親が入信。私も小学校3年生の時にみひかり様を頂きました。私の両親は理容業を営んでおり、客であった横井さんが、置いてある薬の袋に気付き、「薬を飲むと、もっと悪くなるよ」と教えて下さり、お導き下さったのです。姉はご浄霊のお蔭で退院することができました。
 以来、ご浄霊のお蔭で、私は大きな病にかかることもなく過ごしてきました。しかし、授かった長男が出生後、すぐに手術をすることとなったのです。薬は良くないとわかっていたので、明主様にお任せし、お祈りとご浄霊で乗り越えさせて頂きました。
 3年前の年末、結婚当初から信仰に理解を示さなかった主人にどうしてもと思い、入信式の1週間前に「教会へみひかり様を頂きに行って欲しい」とお願いしてみました。「しばらく考えたい」との返事に、私は「とにかくお祈りとご浄霊を」と思い、一生懸命させて頂きました。
 すると入信式前日の夕方、主人が突然「明日、教会に行かせて頂く」と言い出したのです。主人の入信は、14年間ずっと思い続けてきたので本当に嬉しく思いました。
 先般の東北の大震災を機に、益々御神体の偉大さを感じていた私は、周りの方々も、この明主様のみ光で守って頂きたいと強く思い、御神体をご奉斎したいと思うようになりました。また、支部長先生をお迎えし、多くの未信者さんにも集って頂き、楽しく過ごしたいとも思いました。
 当初、主人は、「反対はしない」と素っ気ない返事でしたが、大掛かりな準備も全て一人で引き受けてくれました。主人の入信から約半年後には、会長先生をお迎えし、実家の両親や姉にも手伝ってもらい、無事ご奉斎をさせて頂きました。私は何とも言えない感動で、自然と嬉し涙が溢れて止まりませんでした。
 主人の母は、肺ガンで55歳で亡くなっております。 我が家にはお仏壇がなく、ご先祖様の供養が出来ないことに寂しさを感じていましたので、「来年のお盆には必ずととのえたい」と願っていました。
 何度か主人に「お仏壇を一緒に見に行って欲しい」と頼んでみたのですが、突き放されてしまいました。会長先生から「決心すれば頂けますよ」と励まして頂き、それからは更に強い想いで祈りながら、神様の御用にお使い頂きました。
 すると1週間後の朝、主人の職場から突然連絡が入り、「今日の昼から時間があるので、お仏壇を見に行こう。8月までに何とか間に合うようにしよう」と言ってくれたのです。本当に嬉しかったです。
 お仏壇の準備と平行して、私は長男の同級生を通して知り合った、あるお母さんにご浄霊をお取次ぎしました。息子さんは中学2年生の頃から学校を休みがちとなり、「家族の中で、もめ事が多くなっている」とお聞きし、支部へもご案内しました。
 8月4日にお仏壇をととのえ、御屏風観音様ご奉斎のちょうどその日に、彼女の入信が許されました。すると、息子さんも8月からバイトに行けるようになり、少しずつ良い方向へ向かっています。
 当日は土曜日でお店が忙しい中を、実家の両親もお参りしてくれました。祭典後、母に主人の母の霊がかかり、「私はビールとメロンも欲しかった」と口を開いたのです。びっくりしてお詫び申し上げ、後ほどお供えさせて頂きました。
 更に、実家の理容店には、翌日は通常の3倍ものお客様が来店され、前日のお参りで休んだ分を補って余りあるご守護も頂きました。
 新しいお仏壇で、お盆には精一杯のお供えをさせて頂きました。ご先祖様がいつも見守っていて下さることへの感謝と、日常の報告などを申し上げております。
 自分では抱えきれない難題にぶつかることもあるかもしれませんが、明主様にお力を頂くと、必ず良い方向へお導き頂き、乗り越えられます。周囲の方が辛い時にも希望を持ち喜んで頂けるよう、これからも御用をさせて頂きたいと思います。