虚弱児、川崎病の子らご浄霊で後遺症もなく 眼底出血の私も失明危機を回避

和光支部 植野えみ 『神教』紙平成25年2月号掲載


 「子宮筋腫を良くして頂いた母のご浄霊の相手に」との簡単な気持ちで、私は昭和56年に入信しました。


 結婚後、授かった長女は、毎月発熱と痙攣を起こし、虚弱児と見られていました。幸い薬を全く受け付けませんでしたので、病院へは行かずに支部・教会でご浄霊を頂くと、学校を休まずに通える程元気にして頂きました。
 長男は生後2ヵ月で細気管支炎という病になりました。気管支に痰がつまり、窒息で顔半分が真っ青になり、慌てて支部にお祈りして頂くようお願いしました。2歳の時には、原因不明の川崎病にも罹りましたが、どちらもご浄霊とお祈りでご守護頂き、後遺症もなく育っております。


 平成3年に御屏風観音様を、6年に御神体をご奉斎し、神様を我が家にお迎えした喜びで一杯でした。しかし、いつしか仕事と日々の生活に追われ、参拝も疎かになっていきました。


 一昨年3月、私は右目の前にゴミのようなものがちらつくようになりました。眼科での診断は眼底出血でした。両目とも出血しており、すぐに治療が必要で、「放っておけば失明します。レーザーで出血が止まらなければ手術の必要があります」と言われました。
 「失明」の文字が頭を駆け巡り、パニックとなりました。すぐお世話人の方に連絡して教会へご参拝。会長先生よりご浄霊を頂き、「レーザー治療は避けた方がいいです」とアドバイスを頂きました。
 仕事を辞め、不安だらけの毎日でしたが、ご参拝をすると先生や支部の方達の明るい笑顔に触れ、私もつられて笑っていました。そして、笑顔もなく過ごしていた事に気付きました。


 しかし、目は出血すると一瞬で見えなくなりました。車の運転はもちろん電話もできず、家の中でどうにか動く程度でした。主人に毎日ご浄霊をしてもらい、夫婦で「何か変わらなければ」と話し合うこともありました。ご参拝ができない時は支部長先生が来て、ご浄霊をして下さいました。幹部さんにも毎日ご浄霊を頂き、食事の支度までして頂きました。本当に心強く、信仰の有難さを痛感しました。
 何とか手術せずにと思っていましたが、7月に手術を受けることになりました。糖尿性網膜症で網膜に何ヵ所もひきつりがあり、場所も難しいところで、「心して下さい」と言われました。


 左目は予定時間より早く手術が終わりましたが、右目は4時間半もかかり、「見えるようになるかは分かりません」と言われました。しかし、私は不思議と「大丈夫。全て明主様にお任せ」と思うことが出来ました。翌日の診察では再手術の話は出ず、経過も良く、明主様のご守護に感謝しました。

 

 手術から2週間は、四六時中うつぶせの状態でいなければなりませんでした。首と肩と腰がパンパンに張り、目は腫れ上がって苦痛でしたが、明主様にお祈りしながら過ごしました。入院中も支部長先生からご浄霊を頂き、主人と長男の食事まで気を遣って下さる奥様の優しさに感謝しました。


 家族もそれぞれが変わり、主人は仕事を終えるとその足で、み光を求めて支部へご参拝するようになりました。少し信仰から離れていた子供達もご浄霊をしてくれるようになり、家族が一つになれた気がします。


 お蔭様で術後の経過も良く、失明の危機をまぬがれる事が出来ました。明主様、本当にありがとうございました。