膠原病、難産、中耳炎、いじめなどが解消へ 股関節痛に悩む子にも浄霊の救い取次ぐ

名古屋支部 天川智子 『神教』紙平成25年2月号掲載

平成5年1月、主人が難病の膠原病を発病し、4年半も入退院を繰り返しました。医師からは「現代医学では治らない」と言われ、将来に希望が持てない生活でした。 平成9年6月、子供の友達のお母さんの森さんから、「つわりを楽に出来るのよ」と言われました。その話を主人にすると、「そんな便利な力なら自分もしてほしい」と申します。翌日、夫婦で森さん宅へお伺いしてご浄霊を頂き、主人はその日に入信を決めました。
 入信後、会長先生より「1日3度のご浄霊を」とアドバイスを頂き、夫婦間での毎日のご浄霊が始まりました。御神体・御屏風観音様をご奉斎し、ご参拝、ご浄霊、ご奉仕にと、神様のみ光を出来る限り求めてきました。すると、日に15錠も服用していたステロイド剤を、1年2ヵ月で完全にやめることが出来、膠原病が完治したのです。全く、奇蹟としか思えませんでした。明主様、主人の運命を変えて頂き、本当にありがとうございました。
 平成10年1月には、森さんのお言葉通り、私は長女を超安産で授かりました。同じ頃、長男が中耳炎にかかりました。長男は夜も泣き続け、私の代わりに付き添ってくれる母は眠る事が出来ず、体力も気力も限界に達していました。私は、食べる事も出来ずにやせ細っていく長男を見て、「産後で、私がご浄霊をお取次ぎできないこの時期に、どうして?」と悲しくなりました。しかし、主人が教会月次祭へ参拝すると、長男は10日ぶりにお粥を食べることが出来ました。み光を求めることの大切さを改めて実感しました。
 そして、母が長男をご浄霊中、「絢介の体を光が包んでいる」と教えてくれたのです。ようやく私は「明主様に守られながらのご浄化なのだ」と思えるようになり、「明主様にお任せします」という穏やかな心境に変えて頂きました。
 長男は2ヵ月あまり耳から膿が出続けました。しかし、周りの方々の親身なお世話により、食事を玄米食にするなど、この機会に徹底的に食生活を改め、ご浄化の意味を理解しながら乗り越える事が出来ました。その長男も今では20歳になりました。
 長女は元気な子でしたが中学入学当初に陰湿ないじめにあいました。学校に行けなくなり、体重も10キロ落ち、拒食症のような状態でした。出張所でのご浄霊や、本部・教会へとご参拝に連れて行き、保健の先生のケアをうけながら、ようやく2学期から登校できるようになりました。現在はバレー部の一員として市の大会で優勝を果すなど、活発な中学生にして頂きました。
 また、次女の出産時のことです。37週目に、突然大量の出血。目の前が真っ暗になり、意識が遠退いていきました。緊急オペで帝王切開し、すぐに赤ちゃんは取り出されましたが、新生児仮死として別棟の未熟児センターに運ばれました。
 長谷部さんが病院へ駆けつけて下さり、主人と徹夜でご浄霊を取次いで下さいました。そして翌日は聖地の祖霊月次祭に参拝し、お祈りして下さいました。その後も毎日、主人は会社帰りに次女へご浄霊をして、み光を届けてくれました。一時は「母子共に危険」とも言われましたが、後遺症もなく、10日後には、一緒に退院できました。現在は小学3年生で、一日も休まず元気に学校へ通っています。
 また、仕事先の元同僚が、よく頭痛薬を服用しており、気になっていました。昨年1月、久しぶりにお会いすると、大学受験生の息子さんが、センター試験の前だが潰瘍性大腸炎で下血がひどいとのこと。「本来なら手術するところを、一日おきに点滴を打ってもたせている」と打ち明けられました。早速、我が家にお誘いし、ご浄霊をさせて頂くと、翌日は息子さんと2人で来られました。しかしその後、しばらくそのままになっていました。
 9月に入って、「あれから長男は股関節が痛くて歩き辛く、以前ご浄霊をしてもらった時の方が元気だったわ」と連絡がありました。再度お誘いすると、翌日の病院帰りに息子さんと来られましたので、ご浄霊を取次ぎました。「2日後に両股関節の軟骨除去の手術を控えている」と言われます。ご浄霊に駆けつけて下さった森さんもアドバイスをして下さいました。
 翌日もご浄霊をし、9月7日の手術から22日の退院日まで、毎晩ご浄霊に通いました。その間、お爺さんが生前に明主信仰をされていたことを知り、不思議な巡り合せに感動しました。ご先祖様のお導きも頂き、彼女は当初の予定を早めて入信が許され、神様に守られた日々を送っております。
 明主様、数々のご守護をありがとうございました。今後も一人でも多くの悩める方にご浄霊の手をかざし、このお道をお伝えしたいと思います。