余命5年と宣告受けた肺高血圧症が復調 薬を捨てて浄霊に徹し、頂いた命を利他のために

尾鷲支部 澤平圭子 『神教』紙平成24年8月号掲載

平成11年2月に結婚し、その夏に入信が許されました。主人の家族は主任世話人の姑を筆頭に8人の信仰家庭でしたので、私はなんとなくの入信でした。


 入信間もない頃、夕食後に突然胃の辺りが痛み、次第に耐え難い激痛へと変わりました。主人と姑は一生懸命ご浄霊をしてくれましたが、どこが痛いのかも分からないほどの吐き気や高熱です。我慢も限界となり、「病院へ連れて行って」と懇願しました。


 病院では、ひどい「胆石炎症」と診断され、レントゲンにも映らない状態でしたので即入院。抗生物質の点滴が始まりました。しかし、下痢がひどく、お腹の痛みが激しくなりました。病院へ毎日ご浄霊に通ってくれていた姑より、「ご浄霊を頂いているから全部流して下さっているのよ」と教わり、私は医師に「点滴を止めて下さい」とお願いしました。その後、お腹の痛みもなくなり、数日後の手術が短時間で済んだことで、初めて神様のご守護を感じました。


 以来、数々のご浄化を頂きました。9年前、職場で「歩くペースが遅くない?」と言われることが多くなりました。息切れも多く、胸の辺りで「ボコボコ」と血液が流れるような音がするので、病院で検査を受けました。


 「大動脈大血管の変化、心臓肥大、心電図異常」と診断され、エコー検査を受けました。検査中、突然、医師が悲鳴に近い声を上げたかと思うと、何人もの医師が集まり、何やら話し出しました。私は何が起きているのかと、不安になってきました。

 

 診察室の医師は顔面蒼白で、「落ち着いて聞いて下さい。病名は肺高血圧症。原因不明の難病の一つで、肺動脈の血圧が通常10~15のところ、あなたは60を越えています。静かに進行していくもので、このままだと早くて3年、長くとも5年しか生きられる保証がありません。完治には心肺同時移植しかなく、今は頚動脈を少し切り、そこからの直接投薬治療が一番良いでしょう」と告げました。


 その後も医師は話し続けましたが、私は当然、冷静に聞けるはずもなく、次第に説明の声も遠くなり、上の空で耳に入らなくなりました。私が声を絞り出して「治る術は本当にないのですか」と聞いても、医師は私の顔を見ることなく頷くだけでした。「医者なら、『出来る限り頑張って行きましょう』とか、どうして言えないのよ!」と思いましたが、言葉には出しませんでした。


 様々な思いが頭を巡りましたが、私は、「治らないのなら入院も、投薬治療も必要ない」という結論を出しました。しかし、それ以来、死への恐怖と生きて行く不安に襲われました。朝、目が覚めると、「今日も生きていた」とホッとする毎日でした。誰かに話せば強い現実感が襲い、それを受け入れる勇気もなく、「忘れたい、忘れてしまおう」と思いました。


 しかし、ふとしたことがきっかけとなり、支部長先生の勧めを快く受入れるようになりました。以来、「きっと良くなる」と信じ、ご参拝やご奉仕、毎日の相互浄霊を欠かさず行うようになりました。


 当時は寝起きや、一歩踏み出す、階段を上がる、言葉を発るというたびに、動悸に襲われました。寝ている時でさえ息苦しくて、目が覚めることもありました。辛くて、病院へ行くたびに入院や検査を勧められ、薬に頼ってご浄霊が疎かになってしまうことも度々でした。


 仕事も辞め、家事も思うようにできず、主人や家族に申し訳ない気持ちでした。再三、薬毒の怖さやご浄化の意味を教えられても、薬をやめることが出来ない自分が悲しくなることもありました。


 先生より「ご浄霊を頂きながら、気楽にやめられた人もいますよ」とお聞きしました。私も試してみようと再度決心し、ご浄霊を継続。気が付くと、病院も薬の存在も忘れていました。


 「5年」と命の期限を切られてから、もうすぐ9年が経ちます。多少の体調変化はあるものの、薬も飲まず、病院へ行くこともなく、仕事復帰もできて毎日過ごさせて頂いていることに心から感謝申し上げます。 このご浄化でご浄霊、神様にお繋がりする有難さを身にしみて感じ、家族信仰の素晴らしさ、心強さに気付きました。今は、命があるだけで本当に幸せです。明主信仰の素晴らしさ、体験したご浄霊の奇蹟をお伝えしていく使命があるから生かされているのだとも気付かせて頂きました。


 与えられた命と時間を、利他のために生きる自分に変えていこうと思っております。明主様、ありがとうございました。