20mもの転落事故から無事生還 絶体絶命、咄嗟に叫んだ「明主様!」

高知支部 高橋栄子 『神教』紙平成24年9月号掲載

昨年、主人の運転で軽トラックに乗り、近くの山へ出かけました。この山は春には山菜採り、秋には紅葉見物と時々出かけており、今回は四万十川の源流点のある不入山や風車の里の鶴松の森へと入って行きました。
 途中の道の駅で、主人の好物のイモ天を買い、不入山へと山道を渡り、カーブを曲がった直線で「あッ!」と思った瞬間、後方に引き込まれました。脱輪かと思いきや斜面をズルズルとすべり、車は横転し出したのです。
 「うわっ、落ちた!」と思い、思わず「明主様!」と叫びました。意外と冷静で恐怖心はありませんでした。回転する度に「今度は止まるだろうか、今度は止まるだろうか」と思いながら、「明主様!明主様!」と大声で叫び続けました。
 やっと止まって車内を見回すと、助手席の窓ガラスは無く、フロントガラスは左側にヒビが入り、右側は5cm位の穴があいておりました。車は45度位に傾いていましたが、幸い、右のドアは支障なく開きました。下は巨岩がごろごろしており、1本の桧にひっかかったお蔭で、すんでのところで車が止まったのです。
 二人とも命に別状なく、主人は後頭部から、私は左手首から少し血が出ている程度でした。何度も回転したので、車酔いのような気分で、しばらくシートベルトをつけたままボーッとしていました。
 ふと主人を見ると散乱したイモ天を集めています。「イモを拾いゆうかよ」と主人に言いながら、私はおかしいような、むなしいような、何とも言えない気持ちでした。車から出て息子に連絡をしても通じません。車ごと落ちた所を二人で道路の近くまではい上がり、やっと電話が通じました。
 「お父さんと山へ来ていて、車ごと落ちた」と言うと、息子は驚き、大慌ての様子でした。迎えに来てもらうにも息子は来たこともない山で場所も分からず、携帯で連絡を取り合いましたが、らちがあきません。
 4時を回り、とにかく国道まで出ようと、二人して歩いて山をおりました。主人は未信者です。フッと思いつき「お父さん、神様に命を助けてもらったお礼をせないかんねえ。お父さんもみひかり様を頂いたら?」と普段言えない言葉がすらすらと出て来ました。こんな目にあった二人が怪我もなく、普通に歩いて山をおりている姿が何とも不思議に思えました。
 辺りが段々暗くなる頃、やっと息子が来てくれました。車に乗ると、開口一番、「面倒いけ、人に言いなよ」と口止めをされましたが、私としてはこんな大きな御守護を頂いて、黙ってはおれないと思いました。
 帰宅し、明主様にお礼を申し上げました。翌日、支部へ上がり、御神殿へ座るなり、ひとりでに涙が溢れました。支部長先生が、「良かったねえ」と喜んで下さり、涙ながらに先生とご一緒にお礼申し上げました。
 後日、レッカーで車を上げてもらいましたが、約20mも落ちた車を見て、「これでよう怪我がなかったねえ」と驚いて言われたそうです。
 先生から常々、「いざという時、すぐ〝明主様!〟とお唱え出来るよう、普段から〝明主様〟と、事ある毎に言葉に出してお祈りしましょう」と教えて頂いていた事の有難さ、参拝の大切さを身にしみて感じております。
 この命、これからの人生を明主様に喜んで頂けますよう、御用にお使い頂きたいと思っております。