浄霊と正食でインシュリン接種を卒業 台風災害にもご守護と円滑なお計らい頂く

和光支部 後木正代 『神教』紙平成24年7月号掲載

私は糖尿病に罹り、昨年10月からインシュリンを打っていました。予定では「75日目に様子を見て、再度インシュリンを打つかどうか決める」とのことでしたが、ご浄霊を継続して頂いたお蔭で、54日目で数値が安定し、インシュリンを卒業することができました。医師も看護師も、あまりの早さに驚いていました。会長先生から、運動と食事の大切さをご指導頂き、ご飯を玄米食に替え、その美味しさとご浄霊のありがたさに魅せられています。
 昨年9月3・4日の台風12号で、十津川村は大きな被害を受けました。土砂崩れや崩落で通行止めとなり、私の住む地区は孤立し、電気・水道が使えず、固定電話も携帯電話も通じませんでした。幸いなことに、近所に住む兄の発電機から最低限の電気を確保することができました。水は谷水でどうにか間に合わせました。
 9日の昼過ぎ、届いた援助物資を仕分けしていると、突然記憶が途切れたり、計算ができなくなりました。言葉も途切れ、喉が詰まってきました。帰宅後は、近所の人の名前を思い出したり、手足が痺れていないかをチェックしました。
 翌朝、息子たちが熊野へ買い出しに行くので、私も仕事で預かっている着物を京都へ送れるよう、すぐに荷造りをしました。
 熊野へ行くなら会長先生にご浄霊を頂けると思い、ようやく復旧した携帯電話で支部長先生に連絡しました。するとそこへ偶然、村内の総代さんが来られ、私の様子がおかしいから、すぐ診療所へ行くようにと手配して下さいました。
 診療所では、私のおかしなイントネーションを耳にした医師が、「どこから来ましたか」と、まるで外人に対するように訊ねました。次にペンを1本、上下左右に動かし、「何本に見えますか」と聞かれたので、私は「2本です」と答えました。しかし、しばらくして、2本に見えていたペンが徐々に1本に見えてきました。
 詰まっていた血管が通ったのか、言葉もいつも通りスムーズに出るようになりました。一応CTを撮りに行くように言われ、「ちょうどこれからお年寄りがヘリコプターで搬送されます。一緒に行きますか」と言われました。
 しかし私の頭の中は仕事のことでいっぱいでした。ヘリには人以外は一切乗せられないと聞いており、「車で病院へ行きたい」とお願いすると、余程でない限り貰えない緊急車両の証書を貰いました。
 まだ自衛隊しか通っていない道を、通行止めのゲートをいくつも開けてもらいながら奈良県五條市へ主人の運転で走りました。途中、土砂で塞がれている道には、その上を乗り越える道ができ、道が崩れて狭くなっている所は山側が削られ、発電所は爆弾でも落とされたかと思うほどバラバラの状態でした。
 危険な山道を抜け、やっと五條市の病院に到着。CTを撮ってもらうと、医師から「大丈夫ですよ。脳梗塞の形跡もありません」との一言で、あっけなく終わりました。すぐに先生に報告し、生活用品などの買い出しをして家に帰りました。この体験で神様に繋がらせて頂く大切さと有難さを実感しました。
 話は前後しますが、昨年2月、私の導き親の方が、家族の反対のために脱会されておりました。緑内障で失明を宣告されていましたが、ご案内して支部長先生からご浄霊を頂きました。すると目の横が痙攣したように引っ張られ、「やはり私には明主信仰しかない」と、家族と相談され、再入信へと運ばれました。
 明主様、数々のご守護・奇蹟を頂き、ありがとうごさいました。