適応障害をご浄霊と先祖供養で克服 絶望的だった叔父の脳腫瘍にも希望の光

勢光支部 坪田みゆき 『神教』紙平成24年6月号掲載

 私は大学生の時に入信し、その後数年間信仰から離れていました。平成22年10月、祖母の他界など様々な事が起こり、翌月には、自分の心の中で物事を処理することができなくなり、食事も寝ることもできなくなりました。
 病院では「適応障害」と診断され、抗鬱剤、睡眠薬など、1日9錠もの薬の服用を毎日強いられました。体も心もボロボロになっていた昨年1月、偶然、下容子さん(旧姓:松本)から連絡があり、現状を伝えると、すぐに来て下さいました。ご浄霊を頂くと、身も心も少しずつ楽になりました。
 当時は、実家暮らしで無職でした。ご浄霊を継続すると、教会にもご参拝できるようになりました。すると、すぐに大阪での就職が決まり、2月末には一人暮らしを始めました。薬を全く飲まなくても良くなり、体調も顔色も良くなりました。それまでの私を知る人からは、「とても元気になったね」と言われ、嬉しくなりました。
 3月になると、再び食事も寝ることもできなくなりました。ご浄霊を頂くと少し気が楽にはなるものの、憂鬱な日々が続きました。
 そんなある日、実家のトイレから出ると、目の前に赤い服を着た3歳ぐらいの女の子が、私をにらんでいました。実家に幼い子は一人もいません。伊藤さんにそのことをお伝えすると、すぐに支部長先生から「水子はいませんか?」と尋ねられました。私にはいませんし、母にも絶対にいないと思っていましたが、思い切って聞いてみると、「どうして知っているの?」と驚かれました。先生より水子供養について教えて頂き、すぐに慰霊祭祀を申し込みました。
 その1ヵ月前に、私は不思議な体験をしておりました。一昨年に他界した祖母のお墓参りの折、手が触れただけで、お墓の湯のみが粉々になりました。不思議な割れ方が少し気になったものの、忘れていたのですが、水子供養の1週間後、母が、「お墓にあった水子さん用の湯のみがなくなっている」と言うのです。その水子の霊が、祖母の墓参の際に送ってくれていたサインに、私が気付いてやれなかったので、直接私の目の前に現れたのではないかと思いました。
 また、私の弟もガソリンスタンドで、店員さんに「あれ?この前、車の座席に乗せていた裸の赤ちゃんは、今日はいないんですね」と言われたそうです。これも水子からのサインだったのだと気付きました。
 また、ある日夢を見ました。実家の仏間でご先祖様から、「仏壇が暗いので、早く私の部屋で供養して欲しい」と教えられたのです。仏壇や位牌の準備を整え、昨年9月に念願の御屏風観音様をお迎えしました。
 ご奉斎後、十数柱のご先祖様が揃って夢に現れ、お顔はおぼろげで、言葉もありませんでしたが、感謝の想いが伝わってきました。明主様にお救い頂いていることがはっきりと分かり、とても嬉しく、安心いたしました。
 今年1月下旬、津市在住の叔父がステージ4のガンだと判明しました。肺ガンが転移し、脳にも1.5センチ程の腫瘍ができており、手術で取り除くこともできず、抗ガン剤を使っていくしかないとのことでした。
 私は早速、叔父宅へ行きました。脳のレントゲンを見せてもらうと、後頭部に腫瘍がありました。私は机の下より叔父にご浄霊をすると、左後頭部にこぶし大のとても堅い塊を感じました。叔母にもご浄霊をすると、右肩がとても重たく感じました。
 そのことを伝えると、叔母は驚き、正式にご浄霊をお取次ぎすることができました。叔母は肩の痛みがなくなったと不思議がり、叔父も頭痛が和らいだと喜んでいました。
 翌日、教会へ二人のご案内が許されました。その後の再検査では、叔父は肺から脳以外への転移はなく、回復が見込めるとの結果でした。絶望的な結果から、数回のご浄霊で状況を変えて頂きました。明主様、ありがとうございました。
 その後、私は仕事上、病院での診察を勧められ、結果は「鬱病」でした。私は心身共に健康なのにと、とても不思議でした。そして、健康な人をわざわざ病人に見立て、医療を施そうとする現代医学に疑問を持ちました。
 明主様、これからもたくさんの人のお導きに私をお使い下さい。