ギラン・バレー症候群の母、統合失調症の姪に光 観音様ご奉斎し、ご先祖様の救いも実感

明綸支部 伊藤忠行 『神教』紙平成23年6月号掲載

 平成14年のある日、仕事を終え帰宅した母は、その夜、「体がふらふらし、熱がある」と言って、近くの病院に行きました。「風邪」と診断されて帰ってきましたが、翌朝には動くことができなくなりました。
 救急車で医療センターに運ばれ、「ギラン・バレー症候群」と診断されました。「病気の進行が早く、1週間の命です。覚悟して下さい」と言われましたが、どうにか命は取り留めました。
 「ギラン・バレー症候群」とは、20万人に1人しか発病しないといわれ、医学的には運動神経がなくなるという恐ろしい難病です。確たる治療法もなく、透析と点滴を受け、毎日リハビリするだけの入院生活でしたが、3年間で何とか車椅子でトイレに行けるまでに回復しました。しかし、指先まで力が入らないので、這うことも出来ず、大変不自由な毎日でした。  昨年4月、元同僚の南川さんから座談会に案内され、支部長先生とお話をさせていただきました。支部長先生より病気の原因、薬毒の恐ろしさをお聞きし、ご浄霊をいただくと、腰の辺りが熱くなり強いパワーを感じました。「もしかして母もご浄霊を頂くと、立って歩くことができるかも知れない」との希望が私の脳裏をよぎり、ご浄霊に賭けてみようと思いました。
 翌日、南川さんより、母にご浄霊をしていただきました。もう二度と歩くことは無理だと諦めていましたが、南川さんとの再会によって、何とか歩かせてあげたいと強く願うようになったのです。母に「一生のお願いだよ。最後の親孝行に、みひかり様をいただいて欲しい」と話しました。
 翌日、母と一緒に食事を摂ると、母が「今日はお茶碗を持って食べられる」と、喜んでいるではありませんか。私はその姿に大変感動しました。2人で共に喜び合い、母は明主様とのご縁が許されました。
 私は母にご浄霊をしてもらうと、今までの腰の痛みもなくなり、正座していてもほとんど疲れなくなりました。甘い物の摂取を控えると、体重が半年で8㌔ほど減りました。私も5月にご縁が許され、毎日母と相互浄霊をしています。母は車椅子から自分で立ち上がり、台所で洗い物が出来るまでにしていただきました。先日は手すりを持って「後ろ向きにも歩ける」と言って、自慢気に見せてくれました。
 そして、母も私も、妹親子に「この素晴らしい奇蹟を体験させてあげたい」と強く願い、祈りました。すると、妹の方から「子供のことで悩んでるから話を聞いて」と言ってきたのです。
 早速、南川さんにお願いし、妹親子を支部へご案内していただきました。支部長先生のお話を聞き、ご浄霊をいただくと、妹と2人の姪の入信が許されました。
 ほんの数ヵ月前まで下の姪は統合失調症で高校を休学していました。出席日数が足りずに留年と言われ、その時点では短大受験はとても難しい状況でした。
 入信1週間後には登校できるようになり、出席日数もぎりぎり足り、短大へも推薦なしで合格するという前例のない奇蹟をいただきました。彼女は入信式前日までは暗い話し方でしたが、今は明るく希望に満ちた考え方、話し方、行動となり、驚かされる毎日です。
 また、妹は、両手の指が第一関節から曲っており、痛みもきつかったのですが、今は形も戻り、痛みも楽にしていただきました。
 上の姪は、本部、教会での祭典日に御神殿でご参拝しますと、突然涙が溢れ出し、止まらなくなることが数度ありました。
 私の義理の弟は20歳の時に交通事故で即死しています。支部長先生より御屏風観音様をご奉斎し、ご先祖様を供養することを教えていただき、早速、ご奉斎をお願いしました。お仏壇、位牌をととのえ、2月3日に支部長先生をお迎えして、無事ご奉斎が許されました。ご奉斎後、「お仏壇がとても明るくなり、妹家族皆が喜んでいる」と聞き、とても嬉しくなりました。
 そして翌日の立春祭には、上の姪は涙を流すことなく、最後まで御神殿でご参拝ができたのです。ご先祖様に光が届いたことを実感しました。
 母は常々、「一度、聖地の御神殿でご参拝を」と強く願っていました。そして入信1年を経過した地上天国祭の6月15日には、母は御神殿までの階段を一歩一歩、ゆっくりですが自分の足で上がることが出来、その希望を叶えて頂きました。母はもちろん、私も南川さんも共に感動で胸がいっぱいとなり、大切な宝となりました。
 今後も信仰を通じて素直で明るく利他に富む人間になれますよう、誇りと自信を持って、一人でも多くの方へのご浄霊、ご案内に努力します。