障害児を持つ友人に笑顔もどる 人のために祈り、光で人を癒す姿に感激

橋内支部 濱田みどり 『神教』紙平成20年12月号掲載

 同じ職場の尾崎さんとは10年以上のお付き合いで、以前から、よく本教の話を聞かせて頂いておりました。その時々の私の状況に合わせて教えて頂いた信仰での学びは、いつも興味深く、とてもためになることばかりでした。でも、今までは入信を勧められることもありませんでしたし、私自身も、まさか入信に至るとは思ってもいませんでした。
  しかし、年齢を重ねるごとに、友人からの相談事に重い内容が多くなってきました。相談を受ける度に、何もできない自分を情けなく思い、翌日になっても友人の苦しい気持ちが自分の中に残り、落ち込んでいました。更に、お世話になった叔父が末期ガンであることを知り、どう接していいのか分からず、無力感が募ってきました。
  そんな時、お父さんの大きなご浄化にも関わらず、いつも通りに働いている尾崎さんを見て、普通ならこのように仕事をしておれるだろうかと感じました。今思えば、明主信仰とご家族の絆の深さ、そして、支えて下さる方々がおられたからでしょう。
  尾崎さんはそんな中、私の思い悩む姿をいつも気にかけてくれ、私が自信を無くしていた時、会社の駐車場で背中を擦ってくれました。不思議と心も体も楽になりました。明主様の光で楽にして頂いていたのでしょう。その時初めて支部に誘って頂きました。
  その後、何度か支部へ足を運ぶうちに気がついたことがありました。お会いする方皆さんが優しく、他人である私のために時間を作って下さるのです。また、皆さんが人のために心から祈っておられるのです。
  私の宗教に対するイメージでは、祈りは自分のためのものだと決めつけていました。人のために祈り、その光で人を癒せるこの信仰の素晴らしさに感動しました。私は、明主信仰に触れることで、末期ガンだった叔父と向き合うことができ、手を握って見送ることができました。
  平成20年1月27日に入信が許されました。そして、まず一番気掛かりだった友達に入信を告白しました。
  友達の苦しみとは、2人目の子供に先天性の障害があることでした。その子は障害のために生まれつき視力が弱く、聴力もなくなる可能性があるのです。発育不全で、この先歩行できるかどうか、話せるようになるかどうかも分からないと言われていました。癲癇の発作により、死にかけたのもちょうどその頃でした。
  彼女は子供の障害を知った時、神も仏もないと思ったそうです。だから、私が入信したことも許せず、猛反対してきました。けれど私は、彼女にどうしても以前のように笑って欲しかったのです。
「最初は言うつもりはなかったけど、手をかざすことで人の病を治し、人の心を癒せると聞いたから、障害が少しでも良くなるように、そしてあなた自身も幸せを感じて欲しいと思ったから入信したんよ」と告白しました。
  すると、普段から親にも涙を見せない気丈な彼女が、ボロボロ泣きながら「人のために手をかざすのを、うちの子にもして欲しい」と言ってくれました。そしてこの日、子供さんにご浄霊させて頂きました。
  支部長先生には「お母さんが幸せになれば、その子供さんも幸せになるから、その友達自身にご浄霊をさせて頂いて下さい」とお言葉を頂き、会う度に友達自身にもご浄霊をさせて頂いています。
  当時3歳の子供さんは、ミルクから離乳食に、はいはいからつたい歩きも出来るようになり、後もう少しで一人で立てそうです。最近は友達自身にも本当の笑顔が戻ってきました。私はご浄霊をさせて頂いていることが、友達の支えになっていると感じ、本当に感謝しています。
  また、これまでは素直に思えませんでしたが、入信して半年を過ぎた頃から、育ててくれた両親に対し心からありがたいと思う気持ちが湧いて来るようになり、幸せを感じています。
  明主信仰に出会えたこと、皆さんと出会えたことに本当に感謝しています。こんな素晴らしいご浄霊と、私のこの幸せな気持ちを周りの人にもお伝えしていきたいと思っています。