流産思い詰め入院、薬漬けの日々 無医薬の生活に導かれ子宝授かる

五三支部 中井容子 『光明世界』誌平成24年春号掲載

 私は千葉県で生まれ育ち、短大卒業後は幼稚園で働いておりました。結婚して大阪に移り、仕事柄、わが子の誕生をとても楽しみにしていた私は、平成17年に第一子を授かりました。翌年、滋賀県彦根市に移ることになりましたが、子育ても私なりに一生懸命でした。
   平成21年、流産を2回経験しました。この世に生まれてくるはずだった命を失い、私は辛く悲しい思いに沈む毎日。思い詰めた挙げ句、上の子が通い始めた幼稚園で倒れてしまいました。
   自暴自棄に陥り、人の声も、見るものも全てに自分が責められているような感覚にとらわれ、幻覚や幻聴が現れ、心を閉ざしてしまいました。その時の私は、鋭い顔つきで「この世が終わる!」とか、「私の言うことを誰も分かってくれなかった」「私はおかしくない!」と大声で叫び、何をするか分からない危険な状態だったそうです。症状が重く、精神病院へ入院となりました。
 入院当初は1粒だけだった薬の量も、時々襲ってくる不安に負けそうになり、1つ、また1つと増えました。しかし、よくなるどころか、手の震え、不眠症などに悩まされました。さらに副作用に対しての薬も増やされ、気付くと一度に大量の薬を飲むようになっていました。
 退院後も紹介状を持ってクリニックを回り、医師の指示のままに薬を飲むしかありません。薬をやめられるのかと、不安との戦いでした。父のことを放りっぱなしで私を支えてくれた母にさえも感謝を失い、「死んだら頭が休まる。楽になる」との衝動にかられ続ける日々でした。
 そんな時、子供のママ友の、高橋玲子さんと再会しました。「何かうまくいかない事だらけで、倒れてしまって、病院送りになったの。こんなに薬を飲み続けていて、ほんとによくなるのかな」と話すと、「大変だったね。私も結婚前に幼稚園で働いていて、鬱病になったのよ。でも、すごい神様がいらっしゃるから、先生に話をきいてもらおう。今から!」と、すぐに出張所へ連れて行かれました。
 初めは、「何か騙されているのかな」「絶対、落とし穴だわ」と疑いました。しかし、お会いした先生の第一印象は、「声が嘘をついていない」と感じました。
 ご浄霊を頂くうち、徐々に疑いの念も自殺願望も消え、薬の副作用である攻撃的な怒りの感情がすっと消えるお蔭を頂きました。医師からも、「一度薬をゼロにしてみては」という言葉をもらい、薬のない生活へと導いて頂きました。
 「この神様なら、きっとこの世の問題を解決して下さる!」と、私も神様の御用をさせて頂きたいとの気持ちが強まり、その年、母と二人で入信が許されました。ご浄霊を頂くに従い、本来の私らしさを出せるようになってきました。明主様にお縋りし、翌年、2人目の子供も授かることができました。
 同年、主人も入信が許されました。主人は偏頭痛を持ち、機嫌を損ねると怒りが収まらなくなります。しかし、私が薬に頼らずに治っていく姿を見て、明主様にお縋りしたいと心が変わっていったのです。
 私は、父や叔母、私の姉妹、友達にもと、ご浄霊のお取次ぎに励んでおります。母も郷里の香川県で毎日父へのご浄霊と、遠方の家族に遠隔浄霊をと励んでおります。明主様、ありがとうございます。