浄霊・参拝で家族が一つに 仮死状態で生まれた長男に後遺症なく

三雲支部 竹林正浩 『光明世界』誌平成18年春号掲載

 私は中学2年生の頃、母の足のご浄化を機に明主信仰とご縁をいただきました。当時、我が家は生活も苦しく、母が普通に歩行ができ難くなり、父母の口論も頻繁で、家族皆の心がバラバラでした。家族入信させていただいたものの、御用に向かうのは母だけでした。
  数年後、母の足は更に悪くなり、父も体調を崩して仕事を休む日が多くなりました。卒業して就職したばかりの私は毎日不安で一杯でした。現支部長の松井先生が、青年活動やご奉仕に再三声を掛けて下さり、私は支部へご参拝させていただくようになりました。
  ある日、「今日から家族での相互浄霊と、休日には聖地・教会・支部へのご参拝とご奉仕を1年間続ける。それで何も変わらなければ神様は信用しない」との大きな決心をしました。何事も中途半端では幸せにはなれませんし、本当に神様が存在される確信が欲しかったのでした。
  その日より、好き勝手に遊びまわっていた生活から、夜には必ず家族での相互浄霊の励行、休日にはご参拝やご奉仕にと、180度生活スタイルを変えました。誘惑に負けそうな時もありましたが、意地でも1年間がんばりました。
  すると、わずか数カ月の内に家の中の様子がどんどん変わってきました。家族に笑顔が見られ、温かく口論も消え、以前では考えられない程会話が増えてきたのです。
  家の新築、姉の結婚、私の結婚と次々に祝い事が舞い込んできました。2年もしない間に明主様は、奇蹟とご実在の証を見せて下さったのでした。
  嫁姑の問題もなく、平成7年には待望の子宝を授かりました。妊娠中はとにかくご浄霊とお祈りの毎日でした。ところが、産まれた我が子は、仮死状態でした。
  大きな病院に運ばれましたが、小児科医の所見は、「80パーセント以上、脳障害の恐れがあります。明朝、状態が変わらなければ国立病院へ移っていただきます」との信じられない内容でした。すぐに支部長先生が病院に来て下さり、落ち込む私に「ご浄霊しかない。子供も頑張っているんだから」と、廊下越しにご浄霊をして下さいました。
  翌朝8時半に病院に行くと、真っ赤な顔で泣きわめく子供の姿が目に入りました。「お父さん、良かったですね。まだ全ての検査を行わないと何とも言えませんが、朝から元気にミルクも飲んでいますよ!」とのこと。数時間前とは別人のような姿への驚きと、「生きていてくれてありがとう」との感謝が込み上げ、涙が止まりませんでした。
  日増しに元気になった長男は、10日程度で退院でき、その後の検査も全て異常ありませんでした。3カ月目頃よりアトピーが出始めましたが、家族でのご浄霊・ご参拝により、良くしていただきました。
  平成11年に次男も授かり、現在、両親と共に 6人家族で、毎日明るく元気に生活させていただいております。
  平成15年には、自営で会社を設立することができ、従業員も入信が許され、毎日相互浄霊をして帰宅しています。
  このように1つずつ夢が叶っていきます。私達の幸福を築き上げていくには、ご浄霊しかないのです。