手術回避し自然分娩で待望の出産

鈴鹿支部 古川佳代 『神教』紙平成19年11月号掲載

 平成4年7月に友人の紹介で本教を知り、信仰の中で出会った主人と平成12年に結婚しました。「早く後継ぎを」という周囲からの期待を受け、翌年7月末に妊娠が分かった時は感激しました。しかし、それもつかの間、2ヵ月後には流産し、「流産は体のお掃除」とはお聞きしたものの、気持ちの整理がつかず、精神的・肉体的に次々とご浄化をいただきました。
  平成16年に、川の向こう岸に帽子を被って立つ女性から「もうすぐ男の子が授かるから心配しなくていいよ」と告げられる夢を見ました。平成18年には、主人が産まれたての男の子を抱いている夢や、霊界の両親が古川家の後継ぎができて喜んでいる夢を見ました。そしてその数日後に、私の妊娠が判明しました。
  妊娠中はつわりもなく、ご浄霊も欠かさず毎日いただき、母子共に順調で無事臨月を迎えました。
そんなある日、高血圧のため、絶対安静が必要と言われ、入院することとなりました。検査の結果、肝機能の数値が上昇しており、子癇やヘルプ症候群になる可能性が大きく、「すぐにでも帝王切開しないと母子共に命の保障がない」と言われました。この時点で私が希望していた助産所での出産は絶望的となりました。私は手術を頑なに拒み、医師の制止を振り切って、一筆書いて強引に退院してきました。
  「ここまで無事に来たんだし、私の寿命は明主様がお決め下さることだから後悔はない」と腹を括り、全て明主様にお任せし、この日から支部へ日参し、支部長先生からご浄霊をいただきました。
  12月5日の朝、ふと「今日を逃すとしばらく聖地に行けなくなるから、どうしてもご参拝したい」との気持ちが沸き起こり、主人とご参拝に行きました。帰宅後、寒気がし、39度の熱が出ました。風邪かなと思い、主人にご浄霊をいただきながら眠りに就きました。
  深夜2時頃、腹痛と寒気と吐き気で目が覚め、「食あたりか、胃腸風邪かな?」と思い、1時間程トイレ通いをしましたが、何も出ず、3時半頃トイレで少し破水し、ようやく陣痛だと気付きました。自宅で一人で産む覚悟をしていた私でしたが、その時は吐き気と寒気がひどく、動くこともできずにいました。
  深夜でしたが、支部長先生に電話でアドバイスを受け、助産所と近くの産婦人科に電話をしました。しかし受け入れを断られたため、再度、支部長先生に相談し、早朝6時に救急車を呼びました。
救急車で搬送されている時、「今までの経緯が知れたら強制的に帝王切開だ」と思った私は、「今までの検査結果は内緒にしよう」と、不思議と冷静に考えることができました。また、母子手帳の中に診察券があるのを思い出し、「主人が持ってくるのを忘れてくれますように」と祈りました。すると、主人は用意してあった入院グッズを両手に持って玄関を出ようとした時、ふと「この鞄は要らないな」と思い、わざわざ母子手帳の入った鞄だけを置きに戻り、それから病院へ向かったそうです。
  救急車からそのまま病院の分娩台に乗った私は、医師から色々尋ねられました。搬送中もそうでしたが、私にとって都合の悪いことを医師に聞かれると決まって吐き気がひどくなり、喋ることも血圧を計ることもできなくなりました。
  主人も母子手帳の提示を求められ、初めて置いて来たことに気付きました。そのうち、「仕方ない、もうこのまま行こうか?産まれそうだから」という医師の声が聞こえ、明主様に心の中で、数々のご守護に感謝申し上げました。
  支部長先生のお祈りの中、主人からご浄霊をいただきながら、3010グラムの元気な長男を無事に自然分娩で出産しました。待望の子宝に恵まれ感無量でした。
  結局分娩中、血圧も120台にしか上がらず、点滴を使用しただけで、その他の薬や酸素吸入・輸血も不要で、病院に着いてから3時間半という短時間で出産できたという、本当に奇蹟の連続に感謝しています。
  出産後、医師には何もかも分かってしまいましたが、入院期間も延びる事なく、毎日のご浄霊で薬を使わず、経過も順調にいき、退院できました。主人は夢で霊界の両親の姿を見せていただき、「ご先祖様もお喜びですよ」と教えていただきました。
  この度の出産で、明主様によって生かされている事、いつも私達の側で明主様やご先祖様が守って下さっている事を改めて学びました。数々のお陰に感謝すると共に、いただいたご恩を早くお返しできるよう、精進します。