糖尿病で即入院の私 浄霊のみで平常値に 他の検診も異常なく、健康的減量も成功

五三支部 長島由季 『神教』紙平成22年5月号掲載

 平成21年、教会の新年祭にご参拝し、帰宅後、信条に頂いた「実践躬行」の一つとして「体重を83kgから70kgへ」と決心しました。日頃から出張以外は家族でご浄霊をしていましたし、食事は玄米と野菜食を中心にして、肉類を極めて少量にと気をつけていました。しかし、甘いものが好きでよく炭酸飲料を飲んでいました。
 10ヵ月後の10月1日の体重は75kg。目標まであと5kgでしたが、まだ2ヵ月もあると思って安心していました。しかし、その頃から舌に変調を来し、何を食べても苦く感じるようになりました。苦いので食事の量が少なくなりました。味を感じるのは、熱いコーヒーとみそ汁、そして、魔の炭酸飲料という状況でした。
 11月7日に地区恒例の文化祭があり、その準備に前日より参加しました。当日も手伝いをしていましたが、体調不良で早退し、妻からご浄霊を受けました。翌8日から仕事に出ましたが、12日には体調が悪くて会社を休み、堀井支部長先生に遠隔浄霊をお願いしました。13、14日も休み、妻や母からご浄霊を受け、また、兵庫県にいる妹も遠隔浄霊をしてくれました。15日は孫のお食い初めの祝いで、お蔭様で出席することはできましたが、相変わらず体調は不良でした。
 私は「これは浄化作用で、体の大掃除だ」と思っていました。しかし「舌が苦みしか感じないのはおかしいから、一度診察を受けた方がいい」と、母の知人や家族、親類から促され、11月16日に総合病院で診察を受けました。
 耳鼻科と内科の受診をと思い、先に内科に行くと、採血後30分程経った時「長島さん!」と、看護士の方が緊迫した表情で車椅子を持って来られ、救急病棟へ搬送されました。診察室につき、すぐ「心電図をとります!」とのこと。「普通でしたら失神していますよ。血糖値が高すぎて測定できませんでした。点滴を行います」と言われました。担当ドクターもすぐに現れました。
 1時間弱経過し、再度、採血しました。「やっと血糖値が2,000弱になり、測定できました」とのこと。「すごい血糖値ですから、心臓、眼、腎臓に異常があるかもしれません。即入院です」と言われ、特別室で一晩中点滴をされました。
 この日は何も食べられませんでした。しかし血糖値は800から500へと順調に下がり、翌日は一般の大部屋に移されました。そして夕食より病院食が開始されました。18日には栄養士さんと妻と私の3名で、現在までの食事の聞き取りと、今後の食事指導についての面談が行われました。
 その後、内科の担当医が来室し「投薬とインスリン注射をします」と告げられました。看護士さんが薬を持ってこられ、薬の後遺症についての説明がありました。
 それによると、〈1〉「横紋筋融解症」が起こること(筋肉が痛い、手足の力が入らない、尿の色が赤褐色になるなど)。〈2〉低血糖症状となり、脂汗、異常呼吸が出るようであれば「飴、グラニュー糖」を飲むこと。〈3〉歯、その他の治療の際には、処方しているこれらの薬の事を伝えること。〈4〉自分は糖尿で薬を飲んでいるというカードを身につけておくこと〈5〉自動車の運転時は特に注意をすること・・・等々でした。
 これを聞き、私は「飲めませんよ。看護士さんは飲めますか?」と逆に尋ねました。62歳にして生まれて初めて入院し、投薬の決断を迫られたのです。家族と様々なことを相談した結果、ようやく現状を受け入れ、できるだけ早く退院出来るよう努力することにしました。以来毎日、妻が病院へご浄霊に来てくれました。妹も遠隔浄霊をしてくれていました。
 入院後3日目・4日目と、眼、腎臓、心臓の検査がありましたが、本当にお蔭様で「全て異常なし」でした。感謝、感謝でした。
 入院10日後、朝、昼、夜の測定のデータを一覧表にして作成し、ドクターに提示して「11月末までには退院」との確約をとりました。予定通り11月28日に退院。退院時には、12月、1月の診察に向けての処方箋を頂きましたが、以来一粒の薬も飲むことはありませんでした。
 今回のご浄化では、多くの人にお世話になりました。そしてふと、以前に谷元先生から「長島さん、甘い物を飲んでいませんか。私が直接言わないと、実行できないのでは困りますよ!」と頂いたご指導を思い出し、恐縮しました。
 翌平成22年2月19日の検診でも、眼の異常はなく、血液検査の経過も良好であると言われました。後で気付いたことですが、体重も自宅の体重計でピッタリ目標の70kgをさしていました。このたびのご守護には、明主様に本当に感謝しております。ありがとうございました。