関節リウマチ、交通事故の後遺症を癒さる 曇り晴らす浄霊、霊界の父にも救いの光が

新潟支部 細野光子 『神教』紙平成22年10月号掲載

 平成19年4月頃から、私は両足の小指、左手の親指に痛みを感じていました。6月中旬頃、愛犬の散歩中に知り合った本里さんに話をすると、早速ご浄霊をして下さいました。すると手足の痛みが軽減され、帰宅する頃には心身ともに軽くなりました。薬を使わずに良くなるのならと、高血圧症の主人や、足腰の痛みを抱えていた長男へもご浄霊をお願いしました。  6月末、私は病院で「関節リウマチ」と診断されました。主人に話すと、義母が膠原病を患い、最期は肺に穴が開き、57才で他界した辛い思い出を打ち明け、ご浄霊で治るならと、入信を勧めてくれました。そして翌7月、私は入信が許されました。
 入信当初の私は、仕事帰りに出張所へご参拝し、ご浄霊さえいただいていれば良くなると軽く考えておりました。ところが徐々に手の動きが悪くなり、強い痛みのため力が入らず、調味料の蓋を口で開けるような状態となりました。これが「浄化作用」で、良くなっていく過程であるということが理解出来ず、逆に悪化しているように思い、素直に感謝できませんでした。
 我が家はその3~4年前に、主人がリストラを受けて職を失っていました。私は家計を支えるため、3社を掛け持ちで夜遅くまで働くようになりました。2年後に主人が再就職を果たしても、家計が不安だったので、私は仕事を辞められません。忙しさのあまり食事が作れなくなり、スーパーの総菜やカップ麺などですませ、食生活が乱れていました。常に疲労感を感じて不平が多くなり、甘い物を口にして、缶コーヒーを1日に5~6本飲んでいました。家族の心も乱れ、口数も少なくなり、私は、「別居や離婚でもいいから逃げ出したい」と思うようになっていました。
 先生より、夫婦でご浄霊し合うことの大切さと、主人が入信することによってご先祖様にみ光をより多く届けられることを教えていただき、10月に主人が入信。以来、主人は不安になる私を励まし、ご浄霊をしてくれました。主人からいただくご浄霊は、痛みが取れるのが早くとても楽になり、主人に感謝が持てるようになりました。
 その翌月から、毎月責任者の伊藤さんを自宅にお迎えし、子供や友人にご浄霊をしていただきました。12月には、佐渡で独り暮らしをしている母を座談会に招きました。母は、ご浄霊をいただくと気持ちよくなり、非常に喜びました。
 その後、出張所へ案内され、御神殿に入ると、霊感の強い母は非常に寒がり、「冷水をかけられているようだ」と、ガタガタ震えていました。しかし、ご浄霊をいただき、善言讃詞を唱えると突然震えが治まり、何事もなかったような表情になるのです。きっと水難で亡くなった父が光を求めて来たのでしょう。母は救いの光の強さに大変感動し、翌年2月に入信が許されました。
 入信後は、母が寒さを訴えることもなくなり、私はご先祖様にみ光が届いた事を実感しました。そして、明主様にご縁をいただけたことに深く感謝しました。
 その後3月、11月と、私は相次いで事故に遭いました。後遺症で、仕事を3週間休むこととなった頃には、リウマチで足の裏や、膝などの関節痛が増していました。車の運転は肘で行い、箸も持てず、風呂、トイレも家族の介助無しでは生活できなくなっていました。
 職場の上司や同僚は、退職するか、薬で早く治すか考えるよう勧めてきました。しかし、薬毒への恐れや経済的な不安もあり、仕事を辞める決心がつきません。追いつめられた私は、薬を飲んで早く楽になりたいとさえ思いました。そんな私に先生は、「今まで以上にご参拝、ご浄霊に努めましょう」と温かいお言葉をかけ、食の大切さを教えて下さいました。
 平成21年2月、仕事を辞め、出張所へとご浄霊を求めて通いました。お蔭様で心身共に軽くなりました。
 お仏壇を調え、今年2月には御神体、御屏風観音様のご奉斎も許されました。それを機に15年来不仲だった義姉とも仲良くなりました。我が家が明るくなり、たくさんの友人が訪ねて来るようになりました。御神室の気持ち良さは格別で、毎日御神前でご浄霊をさせていただいております。
 明主様にご縁いただけたことが本当に嬉しく、感謝しております。