裁判や不安を乗り越え感謝の日々に 腎臓病、腰痛が癒され拡がる浄霊の輪

五三支部 酒井孝子 『神教』紙平成21年7月号掲載

 私は家業を手伝い、後に店主となり、辛抱と努力を重ねながら祖母、母と3人でどんな問題でも乗り切って参りました。
  家は曾祖父が昭和元年に建てたもので、付近一帯は借地でした。ところが、地主が孫の代となり、配偶者が後を継ぐと、急に土地代が3倍に値上がりし、とても払っていけなくなりました。「嫌なら家を潰し、更地にして出ていけ」との要求に、しかたなく裁判で争うこととなりました。
  縁あって入信が許されたのは、裁判を始めてちょうど10年目の平成14年11月でした。会長先生に色々とお話を聞いていただき、励ましを受け、力を与えていただきました。その後、借家法が変わり、木造は50年で一旦契約が切れることとなったことを知り、13年に及ぶ裁判も終りました。 
  裁判に負け、行くところが決まらず、「もうどうにでもなれ」と投げやりな気持ちにもなりました。しかし、「九分九厘ダメなことでもあとの一厘を信じ、明主様にしっかりお願いしては?」と何度も励ましをいただきました。
  「もはや神様にお縋りするしかない。全てお任せしよう」と心に決めて毎日を過ごしました。すると、家の開け渡し15日前に思い通りの家が見つかったのです。やっと落ち着くことができました。
  しかし、店舗がなくなって生活環境が様変わりしてしまいました。精神的な打撃を受けたのでしょうか、私は人前に出て話をするのも嫌で、何故か一歩引いてしまうようになりました。仕事の第一線から退き、取り残されたような気分の日々が4年続きました。
  その間、抜け殻のようだった私を支えて下さったのは明主様と、友人・知人・家族らの励ましと優しい気持ちでした。「私は一人じゃない。皆様に囲まれて生かされているのだ」と気付いた時、すべて明主様のお計らいであると実感。毎日が感謝、感謝の日々に変わりました。
  元の自分を取り戻すことのできた私は、ご恩に報いたいと、最初は友人達にご浄霊のお取り次ぎをしました。皆さん大変喜ばれ、いつの間にか次々と、どなたにでも話ができるようになっていました。
  ある時不整脈となり、これが原因で脳梗塞で入院しました。そこで同室となったのは、腎臓病で入院していた松尾さんでした。私達は2人共ご浄霊のお蔭で数日で退院することができました。
  退院後、私は早速、松尾さんのお宅に伺いご浄霊をさせて頂きました。毎日薬を欠かせなかった彼女から、翌日、「目覚めもよく、出難かったお小水も気持ち良く出た」と大喜びの電話が入りました。入信が許され、今では私より信仰に熱心となられました。
  また、今年のお正月過ぎには、友人の荒田さんから「どこの宗教か分からないけど、病気や薬毒のことが書いてあるパンフレットを受け取った」と電話がありました。すぐに会いに行って事情を聞くと、案の定、本教の布教紙のことで、支部長先生が数日前に信者さんと共に配布されたものでした。
  荒田さんは入信を強く希望されましたが入信式までは日がありました。その間にぎっくり腰となった時、思わずその布教紙を腰に当てて、「明主様、助けて下さい」と一晩中お願いしながら眠ったそうです。すると翌日、「痛みもなく仕事に行くことができた」と、喜びの電話がありました。
  仕事の関係で2度お会いした倉本さんも、何か魅かれるものを感じられ、友人と共に入信へと導かれました。入信後は喜びと感動を皆様にお話したり、ご浄霊の手をかざす日々を送っておられます。
  これからもこの素晴らしい明主信仰を一人でも多くの方々にお伝えできるよう頑張ります。