手術不能の前立腺ガン癒さる 仙骨へ転移のガン細胞もろとも消滅

野村支部 吉村英一 『神教』紙平成15年10月号掲載

 私は平成15年1月に入信いたしました。それまでの私は仙骨にまで転移した前立腺ガンと、併発した座骨神経痛にする左太股の激痛で、歩くことも座ることもできず、毎日寝ているだけの体でした。
以前は焼却炉建設工事に携わり、仙台や高知に単身赴任しておりました。平成14年12月、次の建設現場である沖縄の座間味島に渡り、安全祈願祭の準備をしておりましたところ、腰から左太股が痛み、血尿が出ました。痛みで食事を摂ることも眠ることもできません。仕事を休み、12月16日に大阪に帰ることにしました。長時間乗り物に座ることが苦痛で、腰、お尻、左太股の痛みは実に大変なものでした。
  翌日病院で、「前立腺肥大症」と診断されました。左太股の痛みは、座骨神経痛とのことでした。
  PSAという検査では、腫瘍マーカーが58.4という高い数値が出ました。「前立腺ガンの疑いがある」と言われました。しかし、すぐに入院できず、自宅で病院からの連絡を待ちました。その間、毎日の痛みは耐え難いものでした。ある夜は自分で立つことも歩くこともできなくなり、救急車で他の病院に搬送されたこともありました。
  初診から約1カ月過ぎた1月17日に、ようやく検査入院をしました。その午後のMRI検査でガンが発覚しました。その後、レントゲン検査、CT検査を受け、更にガンが良性か悪性かを判断するため、下半身麻酔をかけて肛門より内部に針を入れ、細胞を8カ所取り出しました。検査の結果「ガンは悪性で、仙骨に転移しているので手術はできない」と言われました。
  余命1年と宣告され、ホルモン療法と放射線治療を35回行うことになりました。2週間の検査入院が終わり、退院した翌日より通院生活が始まりました。
  私の病気のことを知り、正月休みに長野に住む息子が大阪に帰って来て、「お父さん、ご浄霊をしてあげよう」と、1日に何回もご浄霊を取り次いでくれました。私は息子が本教に入信していることも知らず、病気の辛さのため、訳の分からないまま、息子の言う通りにご浄霊をいただきました。息子は長野へ帰っても毎朝毎晩、長野から私に向けて遠隔浄霊を送ってくれました。
  1月26日、外出許可をもらい、息子に連れられて、教会にて家内と長男と私の3人が入信しました。大阪から教会のある三重県までの長時間、車に座っているのはかなりの苦痛でしたが、私が素直に入信したことで、息子もホッとしていました。
  「前向きに病気と闘うしかない」と強く家族より言われ、入信後、家で毎日家内より数回のご浄霊と、長野からも遠隔浄霊をいただきました。長男も会社帰りに家に立ち寄り、ご浄霊を取り次いでくれました。聖地にもご参拝させていただき、支部長先生や家族以外の方からもご浄霊をいただくよう努めました。
  2月20日、定期検診のPSA検査で、腫瘍マーカーが5.9まで下がっておりました。わずか2カ月でこれほどまで数値が下がっていることに医師も驚いていました。
  3月20日には0.9となり、毎日のご浄霊で、放射線治療の後遺症も少しずつ楽になってきました。
  4月5日の聖地での大祭に、家内と2人でご参拝に行くため、久しぶりに自分で車を運転しました。長時間車に乗っていても痛まず、正常に運転ができるまでに回復することができたのです。
  4月17日、腫瘍マーカーがついに0.3となり、正常な数値となりました。医師はこの数値を見て、「ガンは多分小さくなっている」との返事でしたが、MRIで調べなければ分からないとのことで、5月8日に検査を受けました。
  5月15日は検査結果が分かる日でした。検診の予約時間は10時でしたが、居ても立ってもいられず、9時頃に病院に着きました。名前を呼ばれて診察室に入ると、医師の第一声は、「吉村さん、ガンが小さくなっていますよ。これならもう大丈夫でしょう」と笑顔で検査結果を伝えてくれました。そして、1月のMRIのフィルムと、5月8日のものとを並べて説明をして下さいました。1月のフィルムには、前立腺ガンは8センチと握り拳大の大きさで、仙骨のガンは6センチ程でした。どちらもガンの部分が黒くて大きいのに驚きました。
  5月8日のフィルムを見ると、ガンは完全に消えてしまうのではなく、1~2センチの影が残ってしまうということでした。しかし、今では九分通りまでガンは消えているとのことでした。腫瘍マーカーは0.2に下がり、「これ以上は下がりませんから、当分の間は月に1回検診に来るように」とのことでした。
  私が本教にご縁をいただき、短期間でガンを克服し、自由に行動できるようになり、家族全員で喜んでおります。心も体も快調になったのは、明主様のお陰だと毎日感謝しております。