皮膚筋炎で死を覚悟の私に生への光  大量服薬の副作用なく、娘のアトピーにもお蔭

新潟支部 笠井民子 『神教』紙平成21年12月号掲載

 娘は高校1年生頃よりアトピーを患い、病院に数軒通いましたが治らず、苦しんでいました。同じ頃、私自身も左手首の軽い腱鞘炎(けんしょうえん)で毎日、病院に通っていました。
 ちょうど病院へ行く日に妹が来て、「ちょっとそこに座って」と言うのです。15分ほど手をかざすと、私の手の痛みがなくなるという不思議な体験をしました。あれだけ病院に通っても治らなかった手の痛みが治ったのだから、娘のアトピーも治るかもしれないと思いました。
 平成7年10月、新潟で行われた会合に娘と2人で案内され、会長先生よりご浄霊をいただきました。その時の先生のお言葉は、私の心に強く残りました。我が家は40年間他宗を信仰してきましたので迷いましたが、娘のためにと本教への入信を決心しました。
 入信前の私は、頭痛、生理痛がひどく、常に鎮痛剤を服用していました。結婚後、椎間板ヘルニアを患い、ひどい時にはブロック注射をしていました。娘を出産後5~6年経た頃から下半身がだるく、体の不調を感じ、しだいに眠れなくなり、安定剤を服用するようになりました。
 甘い物が大好きな私は、お菓子が主の食生活で、1日6~7杯ものコーヒーを飲んでいました。入信後に薬毒の怖さ、食生活の大切さを教えていただき、娘はすぐに玄米食などに切り替えました。しかし、私は実行せず、ご参拝もほとんどしませんでした。
 すると平成14年頃から私の手、顔、体と痒みが出始めました。最初は皮膚科で処方されたステロイドを塗っていましたが、だんだん広がり、心配になった私は、ようやくご浄霊をお願いするようになりました。
 平成15年9月、研修会への参加後、痒みは少し治まりましたが、体がだるく、力が入らなくなりました。仕事もできず、寝たり起きたりの日々となり、責任者の伊藤さんを始め、妹他、信者さん達がご浄霊に来て下さいました。しかし、日に日に筋肉が衰え、寝返りをうつことさえ困難となり、とてつもない不安に襲われました。
 病院での検査の結果、難病指定の膠原病(こうげんびょう)の一種である「皮膚筋炎」と診断されました。治療はステロイド10錠から始まり、1日25錠ほども飲む事になりました。
「副作用は必ずあります。また、落ちた筋肉は100%元には戻りません。色素が沈着した皮膚も残ります」と主治医から言われました。以後、薬の量は少しずつ減りましたが、顔は色素沈着でお化けのようになり、家事も満足にできない状態。私は、「もう死ぬしかない」と思うようになりました。
 夜になると一人で病室にいるのがとても怖く、泣いてばかりいた私に、妹や主人が毎日ご浄霊を取り次ぎに来てくれました。ご浄霊をいただくと、気持ちが落ち着きました。本当に感謝しました。また、入院中の定期的な内臓や目の副作用の検査の度に、医師から「笠井さんは副作用のない人ですね」と言われました。ご浄霊によりご守護をいただいたのだと感謝しました。
 その頃、娘のアトピーはすっかり良くなり、結婚して2児を授かっていました。「正月に帰省する娘と孫にどうしても会いたい。会えたらもう思い残すことはない」と思い、2ヵ月半後、無理に退院させてもらいました。
 退院後は支部長先生のアドバイスにより、食生活を改め、野菜中心の食事に変えました。お蔭様で薬も少しずつ減り、ステロイド1錠にまでなりました。春頃には自分で車の運転もできるようになり、ご参拝させていただけるまでにしていただきました。生きる希望も湧いてきましたが、それでも「再発したら」と不安で薬を全部やめる事はできませんでした。
 平成17年10月、新潟に会長先生がおみえになる日、久しぶりにお会いできる嬉しさですっかり薬を飲むのを忘れていました。そして、その日を機に薬をやめることができたのです。薬を飲まなくなると、肩の辺りから頭部へかけての不快感が少しずつなくなりました。睡眠薬を飲まなくてもぐっすり眠れるようになりました。お蔭様で副作用も出ず、筋力も以前より増しました。色素沈着した皮膚は、少しずつ剥がれてきています。
 今では、88歳になる母の介護をさせていただけるまでになりました。今までは、自分のことしか考えられなかった私ですが、人の幸せを願えるようになり、未信者さんにご浄霊のお取り次ぎができるまでに変えていただきました。明主様、本当にありがとうございました。