潰瘍性大腸炎、壊疽性皮膚炎がご浄霊で快癒  早く報せたい薬禍とご浄霊の救い

鈴鹿支部 近澤酉子 『神教』紙平成23年3月号掲載

 平成21年春、三男は新入社員として会社へ入社後、血便がひどくなり、体重が減り、顔色も悪くなりました。会社の担当医から、「大腸検査を」との通知があり、5月1日に下剤を飲み、内視鏡検査となりました。
 三男は、妊娠中からご浄霊を頂く中で育ち、ワクチンや予防接種などは1本たりとも体に入れていないので、毒血を出して頂くだけの軽い大腸炎と考えていました。
 しかし検査の結果は、「即入院、手術、ステロイド治療、血球成分除去治療、輸血が必要です」と言われ、親子でびっくりしました。治療内容を聞いた途端、私は「病気で死ぬのではなく、このまま3ヵ月も入院したら、この子は薬で殺されるのではないか」とさえ思いました。
 医師には、信仰の話もしましたが、納得するどころか、「お子さんを殺す気ですか?警察にも電話しますよ」とまで言われました。その場は何とか切り抜けて、強引に「自宅療養します」と告げ、三男を連れ、自宅へと逃げ帰りました。
 三男は合併症である足首に出来た壊疽(えそ)性皮膚炎のため、翌日から高熱、血便が出て、食欲不振、歩行困難になりました。支部長先生からのご浄霊も、横になりながら頂くことが度々で、先生から「きっとよくなりますよ。身体の大掃除ですね」と励まして頂きました。
 主人は和歌山へ赴任中で、私は一人で三男の壊疽した足首から出る血や、ドロッと流れ落ちる皮膚の手当てを行いました。毎日ガーゼを交換しながら、「この子は本当に死んでしまうのではないか」と思う時もありましたが、「6月15日の地上天国祭には、聖地で大きなみ光を頂いて元気にして頂くのだ」と、思い続けました。
 すると40日経た頃から、足首の壊疽が穏やかになり、親子で笑顔も出るようになりました。管長先生から教えて頂いた土鍋で炊いたパワーライスを食べる三男の口からも「うまいなあ!」と言葉が出るようになりました。
 地上天国祭の前日、20kg弱痩せた体で、杖をつきながら、千葉から聖地のある三重県へと向かいました。和歌山の主人とは久居のホテルで合流する予定でした。三男は自宅のベッドから降り、マンションを出て、東京駅から新幹線ホームへ着くまでに通常の倍以上の時間を費やしました。立ち上がるだけでもふらつき、10歩進んで5分しゃがみ込むといったペースでした。
 当日は、主人がおぶって何とか御神殿へ入り、ご参拝出来ました。その時、「治療しなければ死ぬ」と言っていた医者の言葉が思い出されました。私は「息子は、ご浄霊とパワーライスで生きている!」と叫びたい心境でした。三男も畳にうずくまって泣いていました。「本当にご参拝が出来てよかった」と思いました。そして、これほど厳しいご浄化に出会わなければ、食事の大切さ、ご飯の有難さ、動ける事の幸せに感謝出来ない私であったのかと、猛省しました。
 その後は、一日一日足も綺麗にして頂きました。顔色がよくなり、体重も少しずつ増え、年末にはヘモグロビン値が2.7から9近くまで上がり、杖がなくても歩けるようになりました。「数値が13くらいにならなければ会社復帰は認めない」とのことでしたが、有難いことに、一昨年入社後、今に至るまで毎月お給料を振り込まれ、金銭的にもご守護頂きました。心より感謝致しております。
 また、10年前に乳癌手術の際、私がご浄霊をさせて頂いた方ですが、以来疎遠となっていました。ある日、突然娘さんから、その方が末期癌であることを知らされました。翌日見舞いに行くと、彼女は7回にわたる抗癌剤治療の末、足が麻痺していました。
 「もう薬は懲り懲りです」と言われ、入信をお勧めすると、彼女は明主様とご縁を頂かれました。以来、彼女はひたすら自己浄霊を続け、私も毎日、朝夕に遠隔浄霊を取次ぎました。すると、次第に抜け落ちた髪の毛が生え始め、黒く変色し変形していた手足の爪もピンク色に変わり、顔色も「どこが癌なのか」という程、つややかになりました。
 私の息子が全くの薬なしで良くして頂き、ご浄霊で回復したことにとても驚き、「本当に薬って人間に必要ないのね。もっと早くみひかり様を頂いていたら……。悔しいわ」と、口癖のように言われていました。
 昨年2月に退院し、自宅で療養。最期の最期までご浄霊を頂き、10月に穏やかに帰幽されました。お坊さんも、周りの人も、「綺麗な寝顔ですね」と言うほど顔色も良く、眠るように息を引き取られたそうです。
 人間はいつしか亡くなる運命ですが、一人でも多くの方がこの世で救われますよう、精一杯ご浄霊をお伝えさせて頂きます。