異国での大きな交通事故に一命救わる 5ヵ月後には復帰でき、浄霊で感動体験

嬉の光支部 青木ともみ(旧姓:早川) 『神教』紙平成19年8月号掲載

 私は平成11年から語学留学のため渡米し、卒業を控えた平成14年3月23日、スーパーから自転車での帰宅途中で交通事故に遭いました。信号で止まりたくなかったため、急ぐ必要もないのに横断歩道を渡ろうとしたその瞬間の出来事でした。
 運転手は急いで右折しようと急アクセルを踏んだ瞬間、ちょうど車の正面にいた私を自転車ごと轢きました。しかし私がいる方向を全く見ておらず、人を轢いたという認識もなく、通りすぎてから同乗者がサイドミラーで初めて私に気づき、ようやく車を止めたのだそうです。
 「あ、やばい!」と思った瞬間、私は車の下にいました。ずっと目を開けたまま意識を失うこともなく、轢かれた直後から心の中で明主様にお祈りをしていました。今まで大怪我もなく生きてきた私にとって、自分が車に轢かれているという事実は、受け入れがたいものでした。体を動かすことも出来ず、体中変な感覚でした。自分の体に何が起こったのか、見当も付きませんでしたが、不思議と「命は大丈夫そうだ」と安心していました。
 しかし、周りに集まった人達の大変な反応に気付き、人生で初めて死というものに直面しました。「今ここで死にたくない!」と、急に言いようのない恐怖に襲われ、「明主様、助けて下さい!」と叫びました。
 救急車で運ばれる時、初めて体中に激痛が走りました。それは、今まで生きてきた中で一番の痛みでした。骨盤の数ケ所、右鎖骨、右肩甲骨に加え、肋骨は何本折れているかわからないという状態で、自分では全く動くことはできませんでした。 「早くこのことを支部長先生か誰かに知らせなければ」と、そればかり思っていました。ルームメイトに頼んで何度も日本に電話をしてもらい、支部長先生に連絡を取ろうと必死でしたが、事故当日・翌日と連絡がつかず、焦りと不安がつのりました。
 3日目の昼過ぎ、ようやく支部長先生の娘さんと連絡がとれた時は、嬉しさと安心で涙がこぼれ落ちました。それからは、教会の専従さんより毎朝6時から遠隔浄霊をいただきました。
 ほとんど寝たきりで5週間以上の入院生活でした。モルヒネを打たなければ寝られない程の痛みを味わい、薬の副作用で気分が悪くなり、吐き気も催しました。しかし、遠隔浄霊をしていただくと、気持ちの悪さが落ち着きました。私にも薬の恐さや、ご浄霊の素晴らしさが理解でき、モルヒネを止め、錠剤の痛み止めも最小限としました。
 そのような状態でも内臓はまったく問題なく、何でも食べることができました。心配だった下半身麻痺もなく、明主様に本当にお守りいただいたのだと、心より感謝しています。
 一ヵ月の入院生活の後、何とか予定通り短大を卒業できました。 6月に帰国してからは、ご浄霊をいただきながらリハビリに励み、8月の終わり頃には普通に歩ける程になり、仕事も5カ月間の休養後、それほど苦労することなく見つかりました。
 何かさせていただきたく、私は教会や支部へ参拝・奉仕に上がるようになりました。平成16年には支部の青年副委員長のお役をいただきましたが、他人への布教は殆どできずにいました。ある友人に信仰を反対され、明主信仰を歩むことさえ、少し迷っていました。
 そんな折、青年委員長さんと、彼の同級生のお宅に伺い、私がその方の娘さんにご浄霊をしました。ご浄霊を始めるとすぐにその子は、「黄色と緑と十字に光が見える」と答え、更に背面をご浄霊している時も、光が見えると言われました。これは神様から、悩んでいる私に最後の勇気を与えられたのだと、感動で涙が溢れました。私がこの信仰に確信を持った大きな出来事でした。
 また、顎の下辺りの唾液腺に石が詰まり、手術が必要な京都の友人は、ご浄霊で詰まっていた箇所の膨らみが半分程に小さくなりました。1回のご浄霊で初めての大きな奇蹟をいただいたことは、本当に感動でした。
 平成17年には叔母、続いて叔父を、昨年3月には中学時代の友人のお導きが許され、彼女の体調を大変良くしていただきました。また、近所の女性から娘さん、知人へとご縁が広がりつつあります。
 青年活動がご縁で、この5月に結婚いたしました。もしも明主信仰に出会えていなければと思うと、今こうして幸せに暮らせることに感謝でいっぱいです。