母の過換気症候群、私の拒食症救わる 子供でき難い体に待望の子宝

三重支部 西野悦子(旧姓:小林) 『神教』紙平成23年10月号掲載 

 母は、若い頃より低血圧で胃腸も弱く、薬の欠かせない生活を送っていました。家族も風邪を引けばすぐ病院に行き、薬を服用する環境でした。そんな母は、姉を東京の大学に進学させたのを機に、気が抜けてしまい、疲れとストレスからか、過換気症候群と不安神経症になりました。度々心臓発作を起こし、外出する事を不安がり、病院通いと布団暮しの生活となりました。
 私は中学3年の受験期でしたが、母の代わりに家の食事を全て用意しました。父は母の体調が良くない事に苛立ち、私と母に罵声を浴びせたり、当たり散らします。家庭内は暗くて先が見えず毎日が必死でした。
 その頃、母を心配して訪ねてくれた叔母より、ご浄霊の話を聞き、みひかり様を頂きました。母はご浄霊を頂くと、体がぽかぽかして汗をかいていました。何かが違うと感じ、「良くなりたい」と、藁をもすがる思いで入信しました。そして、翌月の平成6年11月、母から「ご浄霊をしてほしい。お願い、助けて」と頼まれ、私もご縁を頂きました。
 母とともに教会、出張所へ極力足を運び、とにかくご浄霊を頂きました。家でも何回もご浄霊をお取次ぎしました。私達を見て、納得のいかない父が反対する事もあり、私は母と父との板挟みで辛い時もありました。
 しかし、ご浄霊を頂く度に母の顔色は良くなり、薬の量も徐々に減っていきました。発作の恐怖からも前向きに考えられるようになりました。そんな母の姿を見ていた私は、ご守護の大きさを感じ、「良い方向に変えて頂ける」と、希望が持てるようになりました。
 母は車を運転出来るまでに回復し、私も高校、大学へと進学出来、家の新築も叶い、我が家に落ち着いた生活が戻ってきました。しかしその頃から、私自身に拒食症の浄化が始まったのです。
 空腹・満腹が分からなくなり、摂食障害も併発しました。本が読めない、服が着られない、電車に乗れないと幼児化現象が現れたのです。記憶力低下のために、見聞きするものを紙に書き続けました。恐怖から眠れず、まともに生活出来なくなりました。とても辛く、死にたいと思うこともありました。
 会長先生よりご指導を頂きながら、母はご参拝・ご浄霊を継続し、私はどんなにひどい状態でもみひかり様を肌身離さずつけてご浄霊を頂きました。そのお蔭で、拒食症は回復の兆しが出てきました。
 痩せ細っていた身体も体重を46キロまで戻してもらい、通常4年はかかると言われるところを、主治医の先生が「何か信仰をされているのですか?」と驚かれるほどの回復力で、たったの1年間で良くして頂きました。一つ一つご守護を頂き、明主様に繋がっていなければ今の私はいないと、感謝でいっぱいです。
 大病を患っていたにも関わらず、大学では授業の単位も無事取得でき、卒業時には卒業生代表の答辞まで担当して卒業することが出来ました。明主様ありがとうございました。
 結婚3年目の今年は、大きなご守護を頂きました。私は20歳の頃より子宮のご浄化で「排卵誘発療法を行なわなければ、子供のでき難い体です」と言われ、更に卵巣膿腫のご浄化もありました。以来、子供が欲しいと願いつつも、不安が付きまとって離れませんでした。不妊治療も考えましたが、支部長先生に「絶対にいけません。子宮がボロボロになります。授からないのは子供が授かるだけのえっちゃんではまだないからです」と、何度かご指導を頂いてきました。
 今年のお正月、母は会長先生よりある励ましの言葉を頂いていました。そして、私のために陰ながら信仰的努力を積み重ね、お祈りしてくれていました。
 私は昨年の信者参研から、未信者の主人へのご浄霊を、毎日欠かさず続けていました。入信のお許しが頂けるようにと、神様に合わせる気持ちを持って、ご奉仕も進んでさせて頂きました。
 すると、3月になって思いがけず妊娠していることが判明しました。嬉しさを超えて、初めは本当に信じられませんでした。何とか子供を授かりたいと願う、焦りと真剣な思いの時の妊娠でしたので、本当に奇蹟でした。出産直前の10月には主人の入信も許され、11月4日に無事、待望の赤ちゃんを授けて頂きました。明主様、本当にありがとうございました。
 入信より沢山の大きなご守護を頂き、母や周りの沢山の方に支えられ、人生を明るく変えて頂きました。明主様に感謝し、親子で信仰を深めていきたいと思います。