原因不明の呼吸困難を浄霊で克服 副作用に身をもって薬毒の恐ろしさを知る

鈴明支部 渡辺明美 『光明世界』誌平成20年夏号掲載

 平成18年頃、仕事中や睡眠中に度々呼吸が苦しくなりました。どんなにしても空気が吸い込めず、夜中に息苦しさで飛び起きたこともありました。そんな時は母に遠隔浄霊をお願いすると、いつもすぐに治まりました。6月頃から、長時間立っていると背中が痛み、呼吸が苦しくなりました。体がだるく普通に歩くだけで息が切れ、仕事中でも異常なほどの眠気に襲われて、休日は一日中眠り続けました。
  1カ月後の深夜、同じ症状が出ました。ふらつきながらも新鮮な空気を求めて外に出たのですが治まらず、「息が出来なくなるかもしれない」との恐怖感からパニックになりそうで、病院に連れて行ってもらいました。「血圧が高く、軽い狭心症です」と言われ、薬をもらって帰宅しましたが、朝になっても息苦しさは治まりませんでした。別の病院でも原因は分からず、休職することにしました。
  家に一人でいるのが不安で、実家の世話になりました。発作の時は母にご浄霊をいただいて楽になるのですが、次第に食も細くなり、歩行もやっとの状態でした。しかし、心臓の検査も何の問題もなく、医師には私の年齢で狭心症なら学会で発表できるくらい稀なことで、胃に炎症がある程度だと言われました。「何かストレスがあるのでは?」とも聞かれましたが、いつもマイペースに過ごしていたので、気にも留めていませんでした。
  休職して1カ月以上経ったある日、少し気分が良かったので家に戻って掃除をしていると、また体調が悪くなりました。車で5分ほどの距離の実家へさえも運転して行く事が出来ず、兄に迎えに来てもらいました。今までになく首筋が引きつり、痛みで頭も重く、恐怖と不安で一杯でした。病院には医師が不在とのことで、とりあえず実家に向かいました。
  偶然、その日は主任の高藤さんがみえる日でした。彼女が来るのを待ち兼ね、すぐにご浄霊をいただき、その時初めて、ずっと体調が悪かったことを話しました。「悪い時はいつでも電話してね」との言葉に、ホッとしてとても心強く感じました。それまでは症状がいつ襲ってくるか分からず、実家のそばを離れる事が出来ずにいました。高藤さんに話をしてからは、目の前が少し開けたような感じでした。
  病院で続けて来た検査に加え、治るだろうか?社会復帰して元の生活に戻れるだろうか?との不安と恐怖で症状が進んでいたのでしょう。気付いた時には鬱病の一歩手前でした。高藤さんはご浄霊をして下さると同時に、不安に落ち込んでいく私の気持ちを聞いて励まし続けて下さいました。
  その時はまだ薬を飲み続けていたので、体のだるさが続き、次第に小さな音にもイライラし出しました。1週間後にはどうしても気分が落ち着かなくなり、叫び出しそうな自分を抑え、うずくまって「助けて!」と心の中で叫びました。気が狂いそうになる程の恐ろしさに、死ぬことも考えました。母にご浄霊をお願いし、なんとか落ち着き、翌日からは恐ろしくて薬を飲む事が出来なくなりました。薬毒の恐ろしさを身をもって知らされ、薬を一切止め、明主様とご浄霊にお縋りしようと決心しました。
  高藤さんに「きっと神様を信じられる時が来たんですよ。一緒にこのご浄化を乗り越えましょう」と言われ、本部参拝に誘われました。外出には抵抗を感じましたが、「本部に行かせていただくのだから大丈夫」との言葉に、安心の中、無事ご参拝を終えました。彼女の献身的なお世話のお陰で、自分の事で精一杯だった私にも感謝の気持ちが次第に湧いてきました。
  そして、高藤さんに教会参拝と出張所の先生のお宅へ初めて連れて行っていただきました。先生からご浄霊をいただき、お話を伺ううち、助けていただきたいと心から願っていました。そして、一人で外出する事さえ恐ろしくて出来なかった私が、ご浄霊を求める一心で、自分で運転して先生のお宅まで伺えるようになりました。ご神前で先生からご浄霊をいただき、お話するだけでとても気分を楽にしていただいて、帰宅できる事が、何より嬉しく思いました。気が付くと随分早いペースで良くしていただいているように感じました。神様を求める事の大切さを改めて感じました。
  好・不調の波も、緩やかになってきました。出先で気分が悪くなっても「明主様がついていて下さるから大丈夫」と言い聞かせていると乗り越えられるようになってきました。次第に出来ることも増えてきました。お誘いいただいたり、何かと気にかけていただけることがとても嬉しく、励みになりました。毎日ご浄霊をいただき、多くの方々の助けを借り、四カ月半ぶりに復職も叶うほど、元気になりました。
  明主様、そして温かく迎え入れていただいた高藤さんにとても感謝しています。